そして、その翌日にたまたまATJのスタッフから借りた一冊の本。
『福島県飯舘村にみるひとりひとりが幸せになる力 までいの力』
(SEEDS出版、2011年)

その本は、「ここには2011年3月11日午後2時46分以前の美しい飯舘村の姿があります」の一文ではじまる。
「平成の大合併」により周辺の町村が合併を決めるなか、合併しない「自主自立のむらづくり」の道を選択した飯舘村。「ないものをねだるのではなく、あるものを探し生かす」オンリーワンの村おこしを進めるなかで出会った「までい」という言葉が村の合言葉になっていたことを知ったのは、震災後だったように思う。この言葉は、「真手(まて)」という古語が語源。左右そろった手という意味が転じて、手間ひま惜しまず、丁寧に心をこめて、つつましく、という意味で東北地方で昔からつかわれている方言だという。
その言葉の通りに、村に暮らす人びと自身が手間隙をかけて進めてきた村づくり。この本を読んでいると、飯舘村の人たちの村に対する思いが強く強く伝わってくる。2010年10月に「日本でもっとも美しい村」連合に加盟した飯舘村、豊かな自然とそれを愛でながら「までい」に生きてきた人びとからすべてを一瞬のうちに奪った原発事故。どんなに理不尽だと思っても、あの日の前に時計の針を戻すことはできない。
だとするならば、わたしたちがすべきこと、それはもう見えているはずだ。
のがわ